東京都墨田区の下町で錺(かざり)かんざしの職人を代々つとめてきた。錺とは金属細工のことで、私で4代目になる。江戸時代には数多くいた職人も、洋装化に伴って今ではほとんどいなくなってしまった。主に歌舞伎や日本舞踊で使う伝統芸能用を手がけている。
歌舞伎では円形の平たい板に家紋を彫り込んだ「平打ち」を使うことが多い。例えば写真の平打ちは以前、若手女形で人気の中村米吉さんのために作ったものだ。揚羽蝶(あげはちょう)の家紋だが、単に模様を彫るだけでなく、一部を抜いて黒髪が映えるようにした。蝶の羽の部分は細かい凹凸を付けた「梨地」にして、立体感も出した。華やかにしたいという本人の要望を受けてデザインを考えた。
家紋は直径4センチメートルほどで観客から見えないかもしれないが、細部まで神経を行き届かせることが美しい舞台姿や役者の個性につながるのだろう。
日本舞踊には華やかな装飾がついた頭頂部に挿す「前挿し」や、短冊状の板がいくつも垂れ下がる「びらびら」などをこしらえる。桜や藤などのモチーフを立体的にデザインしたものが多いため、平打ちに比べてより高度な技術が求められる。
思い出深いのは「菊の栄」という舞踊のために作った前挿しだ。大小の菊を多数あしらったデザインで、床山さんから古いかんざしを預かり復刻した。花びら一枚一枚を叩(たた)いて丸めるのだが、少しでもバランスが狂うと流麗さが損なわれてしまうのが難しかった。
材料には真ちゅうや銀、銅などの板を用いる。下絵を描き、糸のこで切り、ヤスリをかけ、たがねを叩いて模様を入れ、必要に応じて立体感を出す。その後、部品を溶接し、表面を磨き、金銀のメッキをして、組み立てて仕上げる。
デザインは過去に使っていたものを復刻するケースが多い。床山さんが持ち込んだ現物や写真を見て、展開図を考える。昔のものが絶対に良いとは限らず、手直しする場合もある。最近では国立文楽劇場の依頼で「伽羅先代萩」の乳母・政岡が挿す竹と雀(すずめ)をあしらった平打ちを復刻したが、バランスが悪かったため、竹の太さなどを変えた。きれいになった、と喜んでもらえてほっとした。
1917年に曽祖父が始めた家業だが、私は当初、継ぐ気はなく、専門学校を出た後に広告代理店で働いていた。転機が訪れたのは26歳で、祖父が亡くなったとき。「おやじがリタイアしたら家業が途切れる」「デザイナーは星の数ほどいるが、錺かんざし職人はほとんどいない」と責任感が芽生え、家を継ぐ決意をした。
父は百貨店などで売る一般向けを手がけていたが、需要が右肩下がりだったため、何か手はないかと考えてひらめいたのが、伝統芸能のあつらえ品を作ることだった。髪飾りメーカー経由で床山さんを紹介してもらうと、高齢化が進んで職人絶滅の危機にひんしているという。ぜひやってほしい、という言葉に背中を押された。
「形が悪い」と最初は叱られっぱなしだったが、それでも若造の私に仕事をくれた。良いものを見ると勉強になると、骨董市に連れて行ってくれる床山さんもいた。若い職人を育ててやろうという彼らの温かい気持ちに、今でも感謝している。
手の感覚で覚え、良いものを見てセンスを磨くしかなく、10年目くらいでようやくきれいだと思えるものが作れた。今年で30年になるが、終わりがない。舞台を彩る唯一無二の仕事に誇りをもっている。(みうら・たかし)



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